ルイヴィトン 公式hp
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null「火をつけるな」  私は嫌《いや》だったが一人では心細い。ついて出た。どの家も饐《す》えた馬臭がした。馬はいない。通過部隊が、いつの日か繋留《けいりゆう》したことがあるのだろう。無闇《むやみ》に、暗い。私達は恐怖から、ただ門口をのぞいて廻るだけである。莫迦《ばか》げていた。  するとはずれの廃屋からするりと二つの影が忍びだしたように思われた。ぐんぐん走る。長短不揃《ふぞろ》いの二つの影が田圃《たんぼ》の方に飛んでゆくのである。 「やるか?」  と誰か云った。 「やれ」  ともう一人の兵士が答えると同時に、みんな発砲していた。中《あた》らないようである。影はどんどん遠ざかった。 「畜生」  と又二三発放っていた。闇の中に、もう見えなくなって終《しま》っていた。  翌朝は霧が深かった。全部食糧探しに出かけるのである。 「いるぜ、赤犬が、何度も啼《な》いた」  例の猿のような機敏な下士が云っている。 「が、遠出はするな。ぐるりだけだぜ。七時までに帰って来いや」  下士が先に立って散っていった。私とニキビの少年兵だけが残っている。口数の少ない兵隊だった。私達は不安だから二人で門口から少しはずれた塚の方に歩いていった。  霧が裂けはじめてゆくと、小路《こみち》にそうて、武蔵《むさし》野《の》のような閑寂な雑木林が続いていた。ヒガラかコガラのような啼声もきこえてくる。 「さん、いる。ほら」  とその兵士が指さした。  丁度小径《こみち》のうねり角の辺《あた》りから、林の中に這入《はい》りこんだ所に、一匹の黒犬がいた。木の根を楯《たて》にでもするように、じっとこちらを向いていた。