シャネル カバン
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IPhone5 5S / galaxy note3 /galaxy s5 編み込み イントレチャート レザー ケース / スマホ 携帯 カバー【ホームボタン・イヤホンジャック 付き】
__2,380 - 2,48000
IPhone5 5S / galaxy note3 /galaxy s5 編み込み イントレチャート レザー ケース / スマホ 携帯 カバー【ホームボタン・イヤホンジャック 付き】 
iPhone5/5s/5c〜 0.2mm 強化ガラス 液晶保護フィルム 【iphone & iPad 用 ホームボタン シール 付き】 /ケース カバー
__2,78000
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【 DEARISIMO ディアリッシモ 】 HELLO KITTY × DEARISIMO キティ ネイルシール 20枚入り
__98000
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ギフト ・ 包装 用 オーガンジー 巾着 袋 7 * 9cm 100 枚 無地 (ラベンダー)
__1,50000
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コイルワインダー 線巻器 日本語説明書付
__6,97000
コイルワインダー 線巻器 日本語説明書付 
財布やかばんとお揃いに iphone5 ケース ひし形 (ホワイト)
__1,48000
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null 養父は、何かというと医者の悪口を言った。病院に営業に行くと、馬鹿な医者が威張っているのが我慢出来ないという。私は、母がたびたび、 「静子ちゃん小さい頃、お医者になって私の脚を治してくれるって言ってたのよ」  と言っていたことをぼんやり思い出していた。なれるのなら、なってもいいな、とも思った。そうすれば母が喜ぶと思った。  母はとにかくテストで百点を取ってくると喜んでくれた。学級委員になるのも、賞状を貰うのも喜んだ。学級委員になると、「何学年何学期の学級委員を命ずる」と書いた証状がもらえる。私は一学年三学期のうち必ず二回は委員になっていた。母は、その証状を全部箪笥の中に皺《しわ》にならないようにきちんとしまいこんでいた。テストも小学校の頃はほとんど百点を取っていることが出来ていたが、九十五点や九十点までは、養父と母もそれほど機嫌を損なわなかった。八十点台になると、今度から頑張りますと頭を下げて謝らなければならない。ところが私は一度だけ五十点という恐ろしい点数を取ってしまった。それは珠算のテストで、計算問題だけなのだが、そろばんを使って解くテストだったのだった。そろばんを習いに行っている子たちはみんなすらすらと解いていた。書道教室では、いくら良い級を取っても、子どもと大人では書く文字が違うので、年をとると一からやり直さなければならない。私は小学校六年で六段まで取ったが、中学にあがったらそれも五級からやり直し。さらに、高校にあがったら十級までまた落とされる決まりだといわれていた。でも、珠算教室でとった級は、一生同じ価値だという。私は、書道よりそっちのほうがよっぽど役に立つような気がした。  私はとうとう、珠算のテストとはいえ五十点を取ったことを母に言い出せなかった。教室に行ってないからなどという言い訳など、養父は聞いてくれないと思った。私はその恐ろしい点数のテスト用紙を机の奥にしまいこんでしまった。  しばらくすると今度は母が勉強しだした。簿記の資格を取り、会社勤めを始めるのだという。母は、クラブの仕事をしながら、昼間は簿記の学校へ通った。その頃の母は忙しさにいらいらしていることが多かったが、私はそんな母が頼もしかった。母は、あっという間に一級の資格を取り、クラブ勤めを辞めた。 「一級っていったら、簿記の先生にもなれるのよ。人間、何をやっても食べていけるようにしなくちゃね。私はダンスも洋裁も編み物も出来て、どの道に入ってもプロになれるけど、よそには何も出来ないおかあさんだっているのよ」  と母は私と妹に自慢した。  私は母が簿記の先生になるのかと思っていたが、母はあっけなく小さな建築会社に就職した。そして毎日そこの社長と先輩の悪口を言って暮らした。  母の会社が終わる時間になると、私や妹はよく母と待ち合わせて夕飯の買物につきあった。母がクラブを辞めたのには、養父が出世したという理由もあったのらしかった。母の会社の給料だけではやっていけないが、養父が経済的に援助を始めたので、母はクラブ勤めを辞めることにしたのだった。 「昔は私が食わせてるって感じだったんだから」  とこっそり母が私と妹にだけ言ったこともあった。  しかし養父は、母のホステス時代のことが今になって気に入らないらしく、酒が入ると冗談めかしてねちねちと母を責めた。 「あーら、ターさーん、とかやってたんだぞ、こいつは」  と鼻で笑って、私たち子どもの前で罪人のように母を指差すのだ。ホステスという職業を選んでいたことを、 「お前は楽して金を稼いでたんだからな。その報いは必ず来るんだからな」  と、かなり悪意のこもった言い方までして批判するときもあった。